2020年05月25日
妊娠から出産まで(^^)
こんにちは。
前回までのお話は
3つの病院から
妊娠は90%以上難しいと言われた私のところに
待ち望んでいた天使が来てくれたところまでの
お話でした(^^)
今回は妊娠から出産までのことを
お話したいと思います。
小さな命が 私のお腹に宿って
しばらくは
特に体調を崩すこともなく
普通は妊娠2~3ヶ月で起こる
つわりもなく、
食べ物の好みも特に変わるでもなく。
いたって順調でした(^_^)
他の妊婦さんと
ちょっと違うことは
筋腫のために普通の月齢より
だいぶ お腹が大きいことくらい。
(出産間近になると
たくさんの妊婦さんを見てきている
看護師さんでさえ
「双子さん ですか?(^^)」と声をかけてきたりしたくらいです)
良かった、このまま 何事もなく
順調に育ってくれるといいな~p(^^)q
と、祈っていました。
不思議なことに
安定期を過ぎた頃(6ヶ月くらい)
つわりらしき症状が何日間かありました。
普通は2~3ヶ月ころにあるはずなのですが。
私の場合は違っていました。
その時 私は直観的に思いました。
『“つわり”って、母体~正しくは胎児~の中に魂が入り込んだときに起こるんだ!』と。
自分の中に 違う魂が入るのですから
拒否反応として つわりが起こる。
なんの根拠も証拠もないですが
たぶん、まちがいはないかと思います。
こんなに遅くつわりが起こるということは
やっぱり 私は本来子供を持つことが
運命的にも 難しかったんだな(゜ロ゜)
そんな風に思えて
ギリギリセーフで
私を選んでくれた魂は
いったい どんな子だろうか
絶対、大事にするからね(*´ー`*)
と。大きくなるお腹に誓いました。
でも、その頃から
筋腫が 痛むことが多くなりはじめました。
お腹も張るし、苦しくて、ツラくて
病院に行ったとき
採血だか採尿だかを済ませ次の検査に行こうと
痛さのあまり廊下を一歩一歩
ゆっくり ゆっくり歩いてると
看護師さんが2人駆け寄って来て
「Ayaさん!大丈夫ですか?
1人で歩かせてしまって申し訳ありません!
検査の結果を見たら
炎症値がものすごく高くて、ビックリして慌てて来ました!こんなに値が高いんでは普通 痛くて歩けないくらいです。すぐ、車イスに、乗ってください!!
気づかなかったとはいえ、ほんとに申し訳ありません!」と頭を下げられました。
どうも、私は痛みには鈍感なようで
自分では“我慢できる”と思う痛みでも
通常では我慢しなくていい痛みらしいです(^_^;)
そんななので先生からは
「この炎症値だと入院してもいいくらいなんだよ」とよく言われましたが。
その頃はお義父さんが作った多額の借金を返してたりしてたので、入院するようなお金などないですし、旦那に相談しても
「たとえ寝てるだけだったとしても防犯のためにも家に誰かいてくれたほうがいい」と言われたので 取りあえず入院は拒否。
診察では毎回
「これもまた不思議と子宮口は しっかり閉じてるから いいけど。
次にひどい痛みが出たら 今度こそ強制的に入院してもらうからね!」と念を押されたりしながらも、なんとか入院せずに出産日を迎えることができました。
私も ほんとに子供の命を考えたら
入院したほうが・・・と考えもしましたが。
「子宮口はしっかり閉じてる」という
先生の診断を聞いたときに
またもや直観、
『この子は 絶対に無事に生まれる!
私が この痛みを我慢すればいいだけだ』と。
1番ひどいときは
一歩歩くたびに激痛があり、
トイレに行くのに20分くらいかかるときもありましたが、炎症は8ヶ月くらいになると治まり なんとか入院せずに乗り越えました。
そんなこんなで
帝王切開で無事に出産!
出産の時にも
一騒動(;;)
帝王切開で
生まれて始めての麻酔を使ったのですが
どうやら私は麻酔が効きやすいようで
麻酔が効きすぎて、出産の次の日になっても
首から下がまったく動かなかったのです。
看護師さんが赤ちゃんを連れてきても
抱くこともできない。
声にならない声で やっとこさ
「か ら だ が う ご き ま せ ん」と伝えながら
(たぶん、私、欲しくて欲しくてたまらなかった赤ちゃんを産んで、きっと このまま死ぬんだな。
赤ちゃんと引き換えの運命だったんだ・・・
赤ちゃんが無事なら それでも いいや(^^))と
本気で思いました。
麻酔が効きすぎてるだけで
とにかく水をたくさん飲んで麻酔薬を出すしかないということで、飲めるだけ飲んで出すだけ出す、で。
1日過ぎる頃には、なんとか身体も動いてきました。
ただ割れるような頭の痛みだけが残り、診察してもらったところ、脊髄から髄液が漏れていることが判明Σ(T▽T;)
これまた、自然にふさがるのを待つしかないからと。
とにかく妊娠中も出産後も痛みとの戦いでした
(^_^;)
妊娠から出産までも
大変な思いをして生んだ
我がムスコ君ですが
産後 育児の時に
本当にスゴい体験をしたのです。
今でも その時のことは覚えています。
彼の親になれて 本当に良かったと
思える出来事でした。
子供が親を選んで 生まれてくるって
本当だと思います。
その お話は また次回に(^o^)

前回までのお話は
3つの病院から
妊娠は90%以上難しいと言われた私のところに
待ち望んでいた天使が来てくれたところまでの
お話でした(^^)
今回は妊娠から出産までのことを
お話したいと思います。
小さな命が 私のお腹に宿って
しばらくは
特に体調を崩すこともなく
普通は妊娠2~3ヶ月で起こる
つわりもなく、
食べ物の好みも特に変わるでもなく。
いたって順調でした(^_^)
他の妊婦さんと
ちょっと違うことは
筋腫のために普通の月齢より
だいぶ お腹が大きいことくらい。
(出産間近になると
たくさんの妊婦さんを見てきている
看護師さんでさえ
「双子さん ですか?(^^)」と声をかけてきたりしたくらいです)
良かった、このまま 何事もなく
順調に育ってくれるといいな~p(^^)q
と、祈っていました。
不思議なことに
安定期を過ぎた頃(6ヶ月くらい)
つわりらしき症状が何日間かありました。
普通は2~3ヶ月ころにあるはずなのですが。
私の場合は違っていました。
その時 私は直観的に思いました。
『“つわり”って、母体~正しくは胎児~の中に魂が入り込んだときに起こるんだ!』と。
自分の中に 違う魂が入るのですから
拒否反応として つわりが起こる。
なんの根拠も証拠もないですが
たぶん、まちがいはないかと思います。
こんなに遅くつわりが起こるということは
やっぱり 私は本来子供を持つことが
運命的にも 難しかったんだな(゜ロ゜)
そんな風に思えて
ギリギリセーフで
私を選んでくれた魂は
いったい どんな子だろうか
絶対、大事にするからね(*´ー`*)
と。大きくなるお腹に誓いました。
でも、その頃から
筋腫が 痛むことが多くなりはじめました。
お腹も張るし、苦しくて、ツラくて
病院に行ったとき
採血だか採尿だかを済ませ次の検査に行こうと
痛さのあまり廊下を一歩一歩
ゆっくり ゆっくり歩いてると
看護師さんが2人駆け寄って来て
「Ayaさん!大丈夫ですか?
1人で歩かせてしまって申し訳ありません!
検査の結果を見たら
炎症値がものすごく高くて、ビックリして慌てて来ました!こんなに値が高いんでは普通 痛くて歩けないくらいです。すぐ、車イスに、乗ってください!!
気づかなかったとはいえ、ほんとに申し訳ありません!」と頭を下げられました。
どうも、私は痛みには鈍感なようで
自分では“我慢できる”と思う痛みでも
通常では我慢しなくていい痛みらしいです(^_^;)
そんななので先生からは
「この炎症値だと入院してもいいくらいなんだよ」とよく言われましたが。
その頃はお義父さんが作った多額の借金を返してたりしてたので、入院するようなお金などないですし、旦那に相談しても
「たとえ寝てるだけだったとしても防犯のためにも家に誰かいてくれたほうがいい」と言われたので 取りあえず入院は拒否。
診察では毎回
「これもまた不思議と子宮口は しっかり閉じてるから いいけど。
次にひどい痛みが出たら 今度こそ強制的に入院してもらうからね!」と念を押されたりしながらも、なんとか入院せずに出産日を迎えることができました。
私も ほんとに子供の命を考えたら
入院したほうが・・・と考えもしましたが。
「子宮口はしっかり閉じてる」という
先生の診断を聞いたときに
またもや直観、
『この子は 絶対に無事に生まれる!
私が この痛みを我慢すればいいだけだ』と。
1番ひどいときは
一歩歩くたびに激痛があり、
トイレに行くのに20分くらいかかるときもありましたが、炎症は8ヶ月くらいになると治まり なんとか入院せずに乗り越えました。
そんなこんなで
帝王切開で無事に出産!
出産の時にも
一騒動(;;)
帝王切開で
生まれて始めての麻酔を使ったのですが
どうやら私は麻酔が効きやすいようで
麻酔が効きすぎて、出産の次の日になっても
首から下がまったく動かなかったのです。
看護師さんが赤ちゃんを連れてきても
抱くこともできない。
声にならない声で やっとこさ
「か ら だ が う ご き ま せ ん」と伝えながら
(たぶん、私、欲しくて欲しくてたまらなかった赤ちゃんを産んで、きっと このまま死ぬんだな。
赤ちゃんと引き換えの運命だったんだ・・・
赤ちゃんが無事なら それでも いいや(^^))と
本気で思いました。
麻酔が効きすぎてるだけで
とにかく水をたくさん飲んで麻酔薬を出すしかないということで、飲めるだけ飲んで出すだけ出す、で。
1日過ぎる頃には、なんとか身体も動いてきました。
ただ割れるような頭の痛みだけが残り、診察してもらったところ、脊髄から髄液が漏れていることが判明Σ(T▽T;)
これまた、自然にふさがるのを待つしかないからと。
とにかく妊娠中も出産後も痛みとの戦いでした
(^_^;)
妊娠から出産までも
大変な思いをして生んだ
我がムスコ君ですが
産後 育児の時に
本当にスゴい体験をしたのです。
今でも その時のことは覚えています。
彼の親になれて 本当に良かったと
思える出来事でした。
子供が親を選んで 生まれてくるって
本当だと思います。
その お話は また次回に(^o^)
