2020年05月08日
奇跡は身近に たくさん起きてる(3)
こんにちは(^^)
私の妊娠 出産の時の奇跡とも言える実話
パート3です☆
(そうだ、養子をもらおう!)
そう決めた私。
まずは持病の治療をしてもらってる病院に行き
かかりつけの先生と
“筋腫の摘出”を勧めてくれてる産婦人科の先生に報告
これまでの経緯を伝え
まずは 自分が健康になるための
第一歩として筋腫を取る事。
もちろん、子宮全摘を前提に。
手術をするための体作りとして
貧血を直さなければいけないのですが
私の持病は鉄分を摂りすぎてはいけない
そのため、
鉄分摂取を最低限に押さえつつ
手術ができる程度まで
貧血を改善することを
主治医の先生と産婦人科の先生との連携で
まずは行っていくことになりました。
そして、貧血改善するまでに
かなり 時間もかかるので
まずは、子宮筋腫の正確な位置と大きさを
定期的に診ていくために
1ヶ月後の次の診察時に
MRIでしっかり 位置と大きさを調べることになりました。
本格的に治療がスタートすることに(^.^)
こうなると、がぜん強い私です。
もう、迷うことはなく
養子をもらうために
自己改革へと心を決め
旦那にも報告し
前を向いて がんばろう!
そう思うのみです\(^^)/
気持ち的にも決心がついて
楽になり、子供が欲しくて
でも、わかってもらえなくて
協力もしてもらえなくて
鬱々していた気持ちも
スッパリ手放し
子供をあきらめ、子宮を失うことの先にある未来を見つめていくことは
決して楽しい訳じゃないけれど(..)
晴れやかにポジティブに
前を向くことができる毎日は
今までにない
清々しさを感じました。
旦那との関係を修復しなければいけないということは、
彼を諭し、許し、成長を期待し・・・
要するに私自身が今よりも
今までだって 相当ツラかったけど
それでも今まで以上に
人間的に成長しなければいけないということ。
きっと、厳しいものになる。
それでも。
(人格的に幼い)私が
“人を育てる”には
“大人になる必要がある”んだ。きっと。
ならば、挑戦しようじゃないかΨ( ̄∇ ̄)Ψ
そんな気持ちでした。
気持ちを切り替えて
イソイソ、生活をしていたある日
(?そういえば今月 生理が遅れてるな(・_・)
まぁ、いつものことだけど・・・
そのうち、来るら(^^;)
でも、なんか・・・なんか。
思うところがありました。
そして、生理が来ないまま
1日、2日とたち。
(?まさかなぁρ(・・、))
それでも。なんだか ものすごい
“ざわつき”感
(まぁ、ちょっと遅いけど
このくらいの遅れ
たまに あったし・・・
でも、なんか・・・
まさかと、思うけど。
けど、でも。
3日後にMRIの診察日。
もし、仮に妊娠してたら・・・。
放射能、危ないんじゃ・・・。
でも、なんとなく、
なんとなくなんだけど・・・
妊娠・・・・してる、氣がする(..))
まさか、とは思っても
この “ざわつき”を無視して
MRIを受けるより。
検査薬!買ってみよう!!
と。生まれてはじめて
妊娠検査薬を購入し
使ってみた
・・・・・・・結果は。
なんと、妊娠してました。
人工受精でも90%以上 可能性はない。
といわれていたのに。
自然妊娠です!
トイレで しばらく呆然(゜゜;)
(えっ?うそ、えっ?)と言う気持ちと
元来、直感が鋭い私。
どこかで
(やっぱり!
確認してみて良かった!!
MRI受ける前で良かった~(*´ー`*))
という気持ちがあった。
しばらくしてトイレから出て
放心状態のまま。
まずは病院に電話。
「すみません。
これこれ、しかじかで、
MRIの予約を取り消してもらいたいのですが」
と伝えたところ。
先生から返ってきた返事は
「え~?ウソでしょ~?
ん~、市販の検査薬はまちがいってこともあるからね~。取りあえずMRIの予約はそのままで、
診察をして確認しましょう」と。
まるっきり、信じてもらえてない!(^_^;)
(院長先生、男だし。
フレンドリーでいいんだけど、
私みたいに 図太いタイプはいいんだけど
普通の産婦人科の患者さんに、
その言い方は ちょっとぉ~(^_^;)
と思うこと多々ありρ(・・、))
電話をおいて
(そっか、まちがいってこともあるのか。
いや、でも。この流れからいって
まちがいはあり得ない)
長年の経験から そう思った。
3日後の診察日
相変わらずの院長先生
「いや~、そんなことないと思うけどね~
まぁ、診てみましょう」
(そこはウソでもいいから、
“赤ちゃん、できてるといいですね”って、
言っとくべきだと思うよ(^_^;))と思いつつ
診察台へ。
そして、
「・・・・・・
あぁ、ほんとだ~、妊娠してるね~
いゃあ、スゴいね~、へぇー(  ̄▽ ̄)
・・・あ。おめでとう!!」
って(゜゜;)
(まずは、多少大げさにでも。
“おめでとう”を先に言おうよ(^_^;)
院長先生)
そんなこんなで、
3つの病院から
妊娠できないと言われた私が
自然妊娠で子供を授かったのです!
それからは
まずMRI予約の取り消し。
そして、子宮筋腫摘出手術のための計画を
すべて白紙に戻し
今度は無事出産するための治療計画に変更。
先にも言われた通り
妊娠しても
“無事出産できるかもわからない”ため。
健康な妊婦さんであったら
安定期になったら定期検診の回数も少しゆるくなるのだけど、私の場合は安定期以降も出産するまで最低月に1度の検診。
持病のほうの先生とも密に連携し、
少しでも具合が悪くなったら
すぐ診察に来ること。
など、他の人より
少し気を付けなければいけないことも
ありましたが、
なんとか、子供を出産することができました
p(^^)q
私は自分がなぜ、妊娠できたかと
考えたとき。
やっぱり、
1番欲しいと思っていたものを
『手放した』からだと思っています。
誰でも子供が欲しいと思えば
“自分の子を産みたい”のは、当然の気持ちだと思います。
私も、そうでした。
でも、
自分のお腹を痛めた子、血の繋がりなどは、
関係ないとは いいませんが
“命の尊さ”“命の重さ”を比べたときに
ソレは とても小さな価値基準でしかなくなると思います。
育てた子は、私の子。
シンプルにそれだけだと思います。
それと、もうひとつ。
“本当に叶えたい願いだからこそ”
そこに『執着』してしまうのです。
執着という重いエネルギーをかかえ
光の願いを叶えていくことは
実は難しいことなのです。
希望を持ちつつも、結果に執着しないことで
新しいものが 入ってくる可能性も
広がるのです(^o^)
今、元気に成長しているムスコ君ですが
小さい頃は
「ボクにも兄弟が欲しいよ。
弟が欲しいんだよ」と言われたこともありました。
ムスコ君出産後、子宮全摘していたので
ムスコ君の願いを叶えてあげることはできなかったのですが。
“かぁかのお腹には赤ちゃんのお部屋がない”こと。“ムスコ君の願いを叶えてあげることはできないこと”
当時、幼稚園児であったムスコ君にも
わかるように ちゃんと伝えました。
そして、その上で。
「ムスコ君が もう少し大きくなって
もし まだ、弟が欲しいという気持ちが変わらなかったら、その時は また考えてみよう」と
伝えています。
私は考えています。
1度、養子をもらうと決意したことには
きっと、意味がある。
今は、ムスコ君を育てることに精一杯だし
家庭内も変化していくだろうから
養子を迎えることはできないけど。
条件さえ揃ったら、
その時、まだムスコ君が兄弟を欲しいと思っていたら。
その時は、ムスコ君と一緒に弟か妹を探しにいこうと思っています(^_^)
なんといっても、養子をもらうのに
年齢はさほど関係ないのですから(^^)v
でも、
ムスコ君がかわいいお嫁さんに
自分の子供を産んでもらうほうが
早いでしょうけどね(^ー^)
さて、私の妊娠のお話は
ここで終わり(^^)
次回は妊娠から出産までのお話へと
続きますよ~(^o^)
良かったら、見てね~
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

私の妊娠 出産の時の奇跡とも言える実話
パート3です☆
(そうだ、養子をもらおう!)
そう決めた私。
まずは持病の治療をしてもらってる病院に行き
かかりつけの先生と
“筋腫の摘出”を勧めてくれてる産婦人科の先生に報告
これまでの経緯を伝え
まずは 自分が健康になるための
第一歩として筋腫を取る事。
もちろん、子宮全摘を前提に。
手術をするための体作りとして
貧血を直さなければいけないのですが
私の持病は鉄分を摂りすぎてはいけない
そのため、
鉄分摂取を最低限に押さえつつ
手術ができる程度まで
貧血を改善することを
主治医の先生と産婦人科の先生との連携で
まずは行っていくことになりました。
そして、貧血改善するまでに
かなり 時間もかかるので
まずは、子宮筋腫の正確な位置と大きさを
定期的に診ていくために
1ヶ月後の次の診察時に
MRIでしっかり 位置と大きさを調べることになりました。
本格的に治療がスタートすることに(^.^)
こうなると、がぜん強い私です。
もう、迷うことはなく
養子をもらうために
自己改革へと心を決め
旦那にも報告し
前を向いて がんばろう!
そう思うのみです\(^^)/
気持ち的にも決心がついて
楽になり、子供が欲しくて
でも、わかってもらえなくて
協力もしてもらえなくて
鬱々していた気持ちも
スッパリ手放し
子供をあきらめ、子宮を失うことの先にある未来を見つめていくことは
決して楽しい訳じゃないけれど(..)
晴れやかにポジティブに
前を向くことができる毎日は
今までにない
清々しさを感じました。
旦那との関係を修復しなければいけないということは、
彼を諭し、許し、成長を期待し・・・
要するに私自身が今よりも
今までだって 相当ツラかったけど
それでも今まで以上に
人間的に成長しなければいけないということ。
きっと、厳しいものになる。
それでも。
(人格的に幼い)私が
“人を育てる”には
“大人になる必要がある”んだ。きっと。
ならば、挑戦しようじゃないかΨ( ̄∇ ̄)Ψ
そんな気持ちでした。
気持ちを切り替えて
イソイソ、生活をしていたある日
(?そういえば今月 生理が遅れてるな(・_・)
まぁ、いつものことだけど・・・
そのうち、来るら(^^;)
でも、なんか・・・なんか。
思うところがありました。
そして、生理が来ないまま
1日、2日とたち。
(?まさかなぁρ(・・、))
それでも。なんだか ものすごい
“ざわつき”感
(まぁ、ちょっと遅いけど
このくらいの遅れ
たまに あったし・・・
でも、なんか・・・
まさかと、思うけど。
けど、でも。
3日後にMRIの診察日。
もし、仮に妊娠してたら・・・。
放射能、危ないんじゃ・・・。
でも、なんとなく、
なんとなくなんだけど・・・
妊娠・・・・してる、氣がする(..))
まさか、とは思っても
この “ざわつき”を無視して
MRIを受けるより。
検査薬!買ってみよう!!
と。生まれてはじめて
妊娠検査薬を購入し
使ってみた
・・・・・・・結果は。
なんと、妊娠してました。
人工受精でも90%以上 可能性はない。
といわれていたのに。
自然妊娠です!
トイレで しばらく呆然(゜゜;)
(えっ?うそ、えっ?)と言う気持ちと
元来、直感が鋭い私。
どこかで
(やっぱり!
確認してみて良かった!!
MRI受ける前で良かった~(*´ー`*))
という気持ちがあった。
しばらくしてトイレから出て
放心状態のまま。
まずは病院に電話。
「すみません。
これこれ、しかじかで、
MRIの予約を取り消してもらいたいのですが」
と伝えたところ。
先生から返ってきた返事は
「え~?ウソでしょ~?
ん~、市販の検査薬はまちがいってこともあるからね~。取りあえずMRIの予約はそのままで、
診察をして確認しましょう」と。
まるっきり、信じてもらえてない!(^_^;)
(院長先生、男だし。
フレンドリーでいいんだけど、
私みたいに 図太いタイプはいいんだけど
普通の産婦人科の患者さんに、
その言い方は ちょっとぉ~(^_^;)
と思うこと多々ありρ(・・、))
電話をおいて
(そっか、まちがいってこともあるのか。
いや、でも。この流れからいって
まちがいはあり得ない)
長年の経験から そう思った。
3日後の診察日
相変わらずの院長先生
「いや~、そんなことないと思うけどね~
まぁ、診てみましょう」
(そこはウソでもいいから、
“赤ちゃん、できてるといいですね”って、
言っとくべきだと思うよ(^_^;))と思いつつ
診察台へ。
そして、
「・・・・・・
あぁ、ほんとだ~、妊娠してるね~
いゃあ、スゴいね~、へぇー(  ̄▽ ̄)
・・・あ。おめでとう!!」
って(゜゜;)
(まずは、多少大げさにでも。
“おめでとう”を先に言おうよ(^_^;)
院長先生)
そんなこんなで、
3つの病院から
妊娠できないと言われた私が
自然妊娠で子供を授かったのです!
それからは
まずMRI予約の取り消し。
そして、子宮筋腫摘出手術のための計画を
すべて白紙に戻し
今度は無事出産するための治療計画に変更。
先にも言われた通り
妊娠しても
“無事出産できるかもわからない”ため。
健康な妊婦さんであったら
安定期になったら定期検診の回数も少しゆるくなるのだけど、私の場合は安定期以降も出産するまで最低月に1度の検診。
持病のほうの先生とも密に連携し、
少しでも具合が悪くなったら
すぐ診察に来ること。
など、他の人より
少し気を付けなければいけないことも
ありましたが、
なんとか、子供を出産することができました
p(^^)q
私は自分がなぜ、妊娠できたかと
考えたとき。
やっぱり、
1番欲しいと思っていたものを
『手放した』からだと思っています。
誰でも子供が欲しいと思えば
“自分の子を産みたい”のは、当然の気持ちだと思います。
私も、そうでした。
でも、
自分のお腹を痛めた子、血の繋がりなどは、
関係ないとは いいませんが
“命の尊さ”“命の重さ”を比べたときに
ソレは とても小さな価値基準でしかなくなると思います。
育てた子は、私の子。
シンプルにそれだけだと思います。
それと、もうひとつ。
“本当に叶えたい願いだからこそ”
そこに『執着』してしまうのです。
執着という重いエネルギーをかかえ
光の願いを叶えていくことは
実は難しいことなのです。
希望を持ちつつも、結果に執着しないことで
新しいものが 入ってくる可能性も
広がるのです(^o^)
今、元気に成長しているムスコ君ですが
小さい頃は
「ボクにも兄弟が欲しいよ。
弟が欲しいんだよ」と言われたこともありました。
ムスコ君出産後、子宮全摘していたので
ムスコ君の願いを叶えてあげることはできなかったのですが。
“かぁかのお腹には赤ちゃんのお部屋がない”こと。“ムスコ君の願いを叶えてあげることはできないこと”
当時、幼稚園児であったムスコ君にも
わかるように ちゃんと伝えました。
そして、その上で。
「ムスコ君が もう少し大きくなって
もし まだ、弟が欲しいという気持ちが変わらなかったら、その時は また考えてみよう」と
伝えています。
私は考えています。
1度、養子をもらうと決意したことには
きっと、意味がある。
今は、ムスコ君を育てることに精一杯だし
家庭内も変化していくだろうから
養子を迎えることはできないけど。
条件さえ揃ったら、
その時、まだムスコ君が兄弟を欲しいと思っていたら。
その時は、ムスコ君と一緒に弟か妹を探しにいこうと思っています(^_^)
なんといっても、養子をもらうのに
年齢はさほど関係ないのですから(^^)v
でも、
ムスコ君がかわいいお嫁さんに
自分の子供を産んでもらうほうが
早いでしょうけどね(^ー^)
さて、私の妊娠のお話は
ここで終わり(^^)
次回は妊娠から出産までのお話へと
続きますよ~(^o^)
良かったら、見てね~
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

この記事へのコメント
初めまして、私も奇跡?に近い出産経験者です。
19で右卵巣を摘出、子供はできないものと思っていたら妊娠、その後左卵巣も嚢腫が大きくなって来て一人流産した後半年ほどで妊娠、帝王切開の後卵巣を4分の1ほど残して摘出。
その後はずっと体調が悪く、ほとんど生理もなかったのですっかり忘れていたところ、小児科の先生から指摘されて診察受けたところ妊娠が分かりました。
3人の子供に恵まれ、7人の孫のばあばになっています。
余談でしたね(#^.^#)
19で右卵巣を摘出、子供はできないものと思っていたら妊娠、その後左卵巣も嚢腫が大きくなって来て一人流産した後半年ほどで妊娠、帝王切開の後卵巣を4分の1ほど残して摘出。
その後はずっと体調が悪く、ほとんど生理もなかったのですっかり忘れていたところ、小児科の先生から指摘されて診察受けたところ妊娠が分かりました。
3人の子供に恵まれ、7人の孫のばあばになっています。
余談でしたね(#^.^#)
Posted by 吾亦紅(われもこう)
at 2020年05月09日 23:53

コメントありがとうございます(^^)
妊娠出産は時に人智を越えることがありますね(^^)
3人のお子さんに7人のお孫さん!
幸せいっぱいですね(^^)/
妊娠出産は時に人智を越えることがありますね(^^)
3人のお子さんに7人のお孫さん!
幸せいっぱいですね(^^)/
Posted by ユニコーンメッセンジャーAya
at 2020年05月26日 15:04
